とんと前夜
寝たつもりなのに寝ていないなんてことがありえるのだろうか。
布団のなか、スマートフォンの画面を見ながら向井沙知は考えた。時刻は0時17分。寝るまえに見たときも同じ時間だった。
といっても0時17分きっかりに寝たわけじゃない。
寝つくまで時間がかかった。1時間近く布団のなかで眠気と遊んでいた。眠いのに眠れない、ということが子どものときからあった。
ようやく意識が消えて、目覚めてスマートフォンを取ったら0時17分だったのだ。
ありえない。と沙知は思う。仮に寝ていなかったとしても、――頭がすっきりしているからそれはないが――布団のなかで長いこと空想をしていた。あれが1分もかかっていないわけがない。
眠れないとき、沙知はよく頭のなかでアニメを作る。オープニング曲もCMもいれる。スポンサーに配慮して、おもしろくなりそうなところでエンディング曲に入るようにしている。それが2話分。ざっと見積もって1時間。
頭のなかがすっきりしていて眠くなくなっていた。考えている間に0時18分になっている。やっぱりおかしい。
とりあえず沙知は起きあがった。
「たくあんよりシャリシャリの愛でー」
なんとなく自分のアニメのオープニング曲を歌ってみる。
部屋のなかにしーんと響いた。
むなしいだけだった。
本でも読むことにした。買って満足している小説がいくつかある。
読めば眠くなるだろうと、あえて重たいのを選んだ。
沙知は夢中でページをめくった。時間を忘れていた。主人公がライバルを倒すために師匠から三拍子のリズムを教わっているところで「あれ」と思った。
気づいたら沙知は寝ていた。枕に埋められた顔を持ち上げ、時計を確認する。0時17分。
これは。と沙知は思った。これはリピートってやつじゃないでしょうか。
リピート。すなわち繰り返し。うん、だから、繰り返されているんだ。寝るまえの一時間ほどが。
「まじかよ」
とりあえず重大だった。せめて24時間は欲しかった。しかも深夜0時からである。なにもできない。
沙知は絶望のまま、本棚から昨晩(今晩)読んでいた小説の続きを読むことにした。
残り3ページのところでまたリピートに入った。沙知はめげなかった。読んでいなかった本はとりあえず全部読んだ。
そしていま13回目の0時17分だった。
これはもう外へ出るしかない。
巨人のように町を破壊しつくすんだ。そう意気込んで沙知は外へ飛びでた。
驚くほど静かだった。深夜だから当然だ。
駅のほうへ歩く。もう夏も終わりかけているせいか夜風は涼しいというより寒いくらいだった。
人気はない。たまに車が走り去っていくだけだった。そうこうしているうちに駅まで来た。
まだ電車があったので、なし崩し的に電車に乗った。目の前のシートでは酔っ払っているおじさんが寝ていた。
なにこれ。と沙知は思う。なんもしてないし、家出みたいだし、つまんないし。
ため息が出そうだった。
目の前のおじさんが「ゆば」と言った。びっくりしておじさんを見る。寝言みたいだ。
ゆばって何だ。聞いたことない言葉だった。ゆばーばのことだろうか。沙知は持っていたスマートフォンで「ゆば」と検索してみた。「湯葉」と出た。これかな。
湯葉は大豆の加工食品の一つみたいだ。見た目は何かの皮のようだ。どうやらおいしいみたい。本物の生ゆばを全国に届けてくれるサイトもあった。産地直送みたいだから食べるときはこのショップを利用しようかな。
そしてまた布団へ。
外へ出てもまた戻ってくる。0時17分。いったい何回これを繰り返したらいいんだ。
もうすることもなかった。
テレビをつける。
「なにこれ?」
沙知はつぶやいた。
画面の中にはデーモン木暮のような大魔神が映っていた。ニュースのアナウンサーのようにテーブルに座っている。ネームプレートに「佐々木」と書いてあったので、デーモン木暮じゃないことがわかったのだ。それにしてもよく似ている。
「おいおまえ。なぜおまえが0時17分からの1時間を繰り返しているかわかるか!」
デーモン佐々木は沙知を指さした。沙知は驚く。デーモン佐々木の薬指にリングがある。この人、所帯持ちだ……!
「おい、わかるかと聞いているんだ」
どうして画面のなかにいるのに自分のことを認識しているのかわからなかった。
とにかくこの婚約者デーモン佐々木が何か知っているのは間違いなかった。
「知らないよ」
リピートしている理由なんて、こっちが知りたいくらいだ。
「はっ! 知りたきゃ俺を倒すことだな。俺は駅前広場でギターを弾いている路上ミュージシャンだ。俺からギターを奪い取れ。そしたらおまえを解放してやろう。はははは」
画面が移り変わった。
バラエティ番組になった。
なんだったんだろう。いまのは。とにかく駅前に行かなきゃ。沙知はいますぐに飛びでようとした。
「あ」
バラエティ番組に好きな若手芸人が出ていた。沙知はベッドに座りなおしてテレビを見た。でも途中からだった。最初からみたかった。
しかたなく沙知は、繰り返してまた最初からみた。
「よし」
ひとしきり笑ったところで、駅前へ行った。広場のところでギターをひいている悪魔のような人間がいる。
「遅かったな」
テレビでみたミュージシャンで婚約者のデーモン佐々木がそこにいた。
「よくわかんないけどギターをもらうよ」
「取れるものなら取ってみな」
デーモン(略)はギターを弾き歌いながらくるくる回った。あまりのスピードに手も足もでない。
デー(略)の声は意外と美声だった。
「プレパラードを二枚割って先生に怒られた夜~」
「よこせ――っ!」
思いっきり手を伸ばしても弾かれるだけだった。
さらにデーモンの回転は増してきた。風で吹き飛ばされそうだ。
そのとき、どこかから声が聞こえた。
「三拍子のリズムじゃよ」
「師匠!」
そこにはコンビニで買ったチキンをほおばる師匠の姿が――。
沙知の脳内から師匠の姿がふっと消える。ここちいい寝息に変わった。